2017年1月例会報告

2017年1月例会でプレイされたゲームです。

*賤ヶ岳戦役(GJ)
豪雪で主力が動きにくい1~4ターン、柴田方は
行動のダイス目が十分だったのが1回だけだった
ため、主力は1回行動のみ(損耗は少なかった)、
で、神戸が清水城・滝川が今尾城を陥落させます。
羽柴方もさほどダイス目がよくなく、蒲生が関城
・亀山城を陥落させ、秀長と堀・中川が賤ヶ岳
周辺へ進出、しかし三好はともかく、秀吉も移動
のダイスが1を連発し、京から琵琶湖西岸にまわり
ます。
雪の影響がなくなると、まず羽柴方が動き、堀が
一気に金ヶ崎城を陥落させ、秀吉が合流しようと
移動し、盤外突破ねらいに出ます。蒲生は峯城
・国府城を陥落させ、三好は桑名城をやっと陥落
させます。
しかし柴田方はここからダイス目がよくなり、勝家
・佐久間・前田が秀長・中川に猛攻をかけ、秀長は
半壊して長浜城に撤退、中川隊も半壊、さらに神戸
が曽根城・大垣城をその間に陥落させ、滝川が電撃
的に永原城を陥落させ、京に迫ります。
羽柴方は中立大名が秀長などの兵の損失の影響で、
ほぼ参戦不能だったため、蒲生と琵琶湖西岸から
蜂屋を送り、滝川の入京阻止を狙うとともに、秀吉
が突破狙いで、勝政+金森らを攻撃しますが、勝政
の奮戦で痛み分けに終わり、滝川が一足早く入京し、
柴田方の勝利となりました。
2

*ワーテルローの戦い(国際通信社)
ナポレオンがまだ寝ていたのか、1~3ターンまで、
連合軍が主導権をとります。あえて先攻をとった
連合軍はフランス砲兵2個を壊滅させ、フランス第
2軍団を損耗させます。
フランスは遅れを取り戻すためか、突破狙いで近衛
軍団を早くも投入、ラ・エ・サントとウーグモン周辺
で、激戦が繰り広げられますが、フランス主力はほぼ
そこで壊滅、ウーグモンは占領しましたが、プランス
・ノアは老親衛隊の奮戦むなしくプロイセン軍が占領、
両軍とも戦線をすり抜けた騎兵が敵陣に迫りましたが、
予備に防がれ、村と損失の得点で連合軍が上回り、
勝利しました。
1

*太平記(翔企画)
陣営を入れ替えて、2戦行われました。
1戦目、武家方は高兄弟が南幾に入り、尊氏は西上
、公家方は西国の支配を狙います。その後は、低い
主導権数が続き、高兄弟が楠木らに勝ち、入京、
次のターン、楠木・脇屋らが奪還をねらって京に
侵攻しますが、完全戦力の大内が寝返り、楠木の
奮戦むなしく、高兄弟が京防衛に成功、主導権数の
せいで北畠勢は南関東まで来れず、武家方得点が
10に達し、勝利しました。

2戦目、開始時主導権でなんとお互い6の目を出し
たため、主導権数7で始まる波乱。しかも中立武将
の初期配置で公家方の赤松円心が北畿に登場、当然
中立武将(在国ボックスですが)の数で大きく劣る
ことになった、公家方は短期決戦にでようと、円心
を山陽に、楠木を南幾に、最終手番で新田を東海に
移動、新田は直義を破ります。
主導権数7なので当然各地で中立武将が出陣、しかし
2ターン目からはまたも低い主導権数が続き、西国で
はやはり赤松円心が強く、兵力では劣勢ながら合戦に
勝利し、討ち取りチェックで少弐がその場で寝返り
北九州を支配します。四国は定禅と足止めの公家方
との戦いが延々と続き、武家方は四国・山陰のみの支配
にとどまります。足利兄弟は東海で新田に勝利しますが、
決定的打撃は与えられず。しかも支配に失敗します。
その後、武家方は高兄弟が南幾の合戦で勝利(楠木は山
陰勢への対処で不在だった)、師泰が次ターンに入京し
ます。東山は武家方時行対公家方小笠原の戦いがつづき
ましたが、ついに小笠原が勝ち、時行は寝返ります。
公家方は、北畠勢が南関東まで進出、この時点で得点は
公家方7、次ターンはなんと公家方主導権数2で双方まと
もに動けず、武家方は北畿に足利兄弟が突入、公家方は楠木
を北幾に援軍し、北関東に宇都宮が出陣したため宗弘を討伐
隊として送ります。
北幾では公家方の千種が寝返り、ほぼ互角でダイス1個分武
家方有利でしたが、新田が奮戦し、毎回必ず1打撃・2打撃
与えたのも3回あり、対して武家方は指揮の乱れでもあったか
、無打撃の回も複数あり、とどめに公家方が3打撃を与えた
ため、勝ち目なしと判断した武家方が撤退、そのターンの得点
を計算するとちょうど公家方+3で10点に達し公家方の勝利
となりました。
3

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